北方芸能プロジェクト成果報告/前言

Top/北方芸能プロジェクト成果報告/前言

前言

氷上 正

本書は、平成14年度~平成16年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1)・課題番号14310204)による共同プロジェクト「近代北方中国の芸能に関する総合的研究―京劇と皮影戯をめぐって―」の成果を、論文集という形で刊行したものである。

ここ十年来、中国における伝統演劇研究において、農村の演劇や芸能などを対象とし、社会学・文化人類学・民俗学などのさまざまな分野による調査・研究が国内外の研究者によってなされてきている。こうした研究によって、中国の地域文化に根ざした演劇史像が次第に明らかにされ、その背景にある中国人のメンタリティーの源泉なるものも究明されつつある。

本研究の目的は、こうした研究の流れを受け、従来あまり扱われることのなかった①大都市の多様性に支えられた演劇の様態と相互関係、②大都市と周縁部の中小都市および農村との文化交流ネットワーク、③演劇・芸能による物語の流通と需要の実態を解明することにあり、その主な対象としては、京劇及び皮影戯(影絵人形芝居)を選んだ。なぜならば、京劇については、民国時期における北京地域の新聞資料の調査、演劇の変容と写真・レコードなどの複製メディア、新聞やラジオなどのマスメディアとの関係が、必ずしも十分に研究されているとはいえないからである。また皮影戯についても、河北省東部を拠点とする劇団が北京、東北地方にまでも公演に行っていた事実が明らかになり、皮影戯劇団が文化流通の担い手としてどのような役割を果たしたかを調査する必要が生じているからである。さらにその一方において、河北省の西に位置する山西省・陝西省における皮影戯劇団の文化流通における役割も調査・解明する必要が生じてきている。

上記の研究目的を達成するために、本プロジェクトでは、京劇と皮影戯を主要な調査・研究対象とし、フィールドワークとして、京劇や皮劇戯の芸人や研究者から詳細な聞き取りを行ない、さらに実際の上演活動などを調査・撮影した。また芸能に関連のある寺や廟などの調査も行った。その一方で、中国及び日本の研究所・図書館・博物館などに保存されている文献資料を博捜し、データベース化を図っている。

このプロジェクトの成果に関しては、ネット上でも閲覧できるようにしており、我々のテーマに関心のある多くの人々が、各自の研究材料として役立ててくれればと思っている。今回のプロジェクトで、計画相応の成果を出すことができたと確信しているが、まだまだ調査・研究すべき点は多々残っている。今後の活動としては、中国北方地区における芸能の歴史や現況への調査・研究に関して、さらなる展開を期すつもりである。