2005年夏期皮影戯調査概要†
はじめに†
ここでは、今次の皮影戯調査の概要を、録音・メモなどに基づいてまとめる。人名や演劇のタイトルなどは、インフォーマントに書きだして頂いたものに基づいている。ただし、それらには異体字・同音字などが用いられており、明らかな誤字さえも見受けられる。そのため、本稿にも多くの錯誤が含まれているものと思われる。それらについては、今後の追加調査に訂正を期したい。
1.大茘碗碗腔皮影戯†
(1)上演情報†
日時†
2005年8月19日
場所†
陝西省渭南市大茘県沙底村
劇団†
大茘県沙底民間皮影団
- 班主:段満瓮(55)
- 扦手:段快車(30)
- 前手:安成林(57)段満瓮(55)
- 上档:王文宏(56)
- 下档:張益民(43)
- 後槽:雷孟乾(55)
- 下档:張臘草(55)
- 幫扦:劉艶艶(29)
上演劇目†
『三打祝家荘』・『梅花釵(女審)』・『鬧社火』
(2)インタビュー要録†
劇団の由来†
五代続いた家庭劇団である。旧時は徳興社と称したが、建国後に加慶皮影社に改称、その後さらに現在の名称に変更。五世代の班主の名称は以下の通り。初代は既に名前がわからなくなっている。
- 第二代:段祥順
- 第三代:段白姓
- 第四代:段満瓮(7・8歳の頃から父より学習)
- 第五代:段快車(6歳から学習)
上演地域†
同朝・渭南(臨潼区)・華県・浦県など周辺6県。これは、地級市としての渭南市の領域とほぼ重なる。
レパートリー†
『劈山救母』・『楊文広征西』・『天仙配』・『白蛇伝』など、25劇目。常用されるのは10余り。
文革時期には様板戯を上演していた。当時用いた影絵人形がまだ残っているという。
劇団の構成†
人数は、一劇団あたり5~6人。この人数は、華県の碗碗腔皮影戯と大差ない。しかし、台本は口伝である点が、華県一帯の皮影戯と異なる。
劇団・芸人†
60年代には36の皮影劇団が存在した。沙底村だけで6劇団あったという。
戯価†
一公演あたりの謝礼は以下の通り。
- 60年代:16~18元
- 80年代:20元余り
- 現在:300元
祖師爺†
荘王
上演文脈と応節戯†
節日や廟会で皮影戯が上演され、かつ節日によって特定の劇目を演ずる習慣がある。
- 節日:廟会。 2月19日の観音生日には『香山還願』など
- 喜慶:結婚式では『天仙配』など
- 棟上げ:『魯班』など
- 生子:『七仙姐送子』など
2.漢陰県漢調二黄皮影戯†
(1)上演情報†
日時†
2005年8月21日、11:00~14:15(途中、食事・観音閣見学)
場所†
陝西省安康市漢陰県浦渓両合崖観音閣。
小さな谷間を利用した道教寺院であり、その門前の広場で上演された。昼間の上演は締め切った屋内で行われることが多いが、今回の上演は屋外で行われた。そのため影人の視認性は落ちた。
劇団†
漢陰県浦渓両合崖観音閣皮影小戯
- 班長:李興儒(73)
- 鼓師:劉培家(79)
- 茹丙玉(84)
- 黄文寿(62)
- 汪光林(60)
上演演目†
『万仙陣』(『封神演義』故事)
(2)インタビュー要録†
劇団の構成†
一劇団あたりの人数は5人。4人でも上演可能。3人では難しい。固定の劇団組織があるわけではなく、上演のニーズがある場合に、随時芸人を集めて劇団を組織する。
歌唱者は1人。台本は口伝。
上演頻度†
解放前はほぼ毎日上演があった。当時は漢調二黄の人戯劇団も2つあった。現在は消滅している。
文革後は、1979年に上演が復活した。現在は年間20回ほど上演される。
上演地域†
寧峡・石泉・安康・紫陽。地級市としての安康市西部の各県である。
レパートリー†
『大香山観音遊十殿』、『万仙陣』、『朱仙陣』、『薬王成聖』、『黄河陣』、『進八宝』、『臨潼山』、『秦香蓮』、『二進宮』、『四進士』など
この他、100種ほどある。
上演の文脈†
廟会:観音廟、財神廟、湘子廟、竜王廟など、年間に20数回の廟会がある。例えば観音廟では、旧暦の2月19日の観音出生、6月19日の観音成道、9月19日の観音成仙のそれぞれで廟会が開かれ、いずれも上演を行う。
個人:敬神・還願・葬礼。
戯価†
解放前:大米
現在:200元
解放前、物品とひきかえに皮影戯を上演していたのは、これまでに我々が調査した山西・陝西皮影戯の大多数と共通する。
祖師爺†
唐明皇
沿革†
明嘉靖以前より存在。清代後期に二黄・道情が伝播した。
影人†
牛革製。補修にはプラスチックが使用されていた。
音楽†
文場:京胡・板胡・二胡・月琴・三弦・嗩吶
武場:大鼓・板鼓・堂鼓・鈸・大鑼・小鑼
印象としては、節回しは京劇の西皮に非常に近い。
言語†
京劇などで用いる湖広音に近い。このため、この後に調査した道情皮影戯などに比べて、遥かに聞き取りやすかった。
3.安康道情皮影戯†
(1)上演情報†
日時†
2005年8月21日 19:50から
場所†
安康市漢浜区(市区)北郊
劇団†
安康梨園道情皮影劇団
- 攔門主演:楊森聯(77)
- 司鼓:潘祥順(69)
- 大鑼・梆子:劉良華(76)
- 皮弦・鈸:沈継生(63)
- 板胡:唐章根(62)
- 三弦:陳光仲(61)
- 笛子:李龍茂(55)
- 嗩吶:唐国朝(51)
- 二胡:徐生立(68)
上演劇目†
『九華山・打店』、『劉三要銭』、『黄鶴楼・三江口』
音楽†
歌唱:歌唱時には基本的に伴奏しない。つまり伴奏は過門のみ。幫唱を用いる。
これらの特徴は、洋県皮影戯、洵陽道情皮影戯などとも共通する。
楽器:二胡は定弦はソレ弦。笛子はF調。
皮弦:道情皮影戯で用いられる胡弓の一種で、大きさは京胡ほど。楽器は自作のものを用いる。
言語†
歌唱・台詞ともに現地の方言を用いる。
4.洵陽道情皮影戯†
(1)上演情報†
日時†
2005年8月22日 14:55から
場所†
洵陽県文化旅游局
劇団†
洵陽皮影隊
- 攔門:羅竜軍(37)
- 司鼓:羅竜林(39)
- 吹笛・嗩吶:澎治芳(32)
- 主弦(皮弦):趙国成(44)
劇団員はいずれも農業を本業としている。
上演劇目†
『秦英征西』、『猪八戒背媳婦』
(2)インタビュー要録†
劇団の由来†
洵陽県棕渓鎮展元村の農民の業余劇団。棕渓鎮展元村は洵陽県城より漢水に沿って20kmほど下ったところである。劇団は、文化局が老芸人を集めて最近組織したもの。70~80歳の老芸人も存命であるが、今回の上演に際して招集できず、当日の4人構成での上演となった。
羅竜軍氏の芸歴†
幼時より皮影戯を愛好。1987年より皮影戯を学ぶ。
師匠は李心徳氏、調査時点で80歳。蜀河の人。
劇団の構成†
4~5人。歌唱できるのは一人だけ。歌唱者が人形を操作する。
上演地域†
洵陽・白河・安康・湖北鄖西など
県城では、屋外の広場で上演する。この他、廟会や農村の家庭に招かれて上演することがある。農村家庭での上演は、還願の際に行われることが多い。
レパートリー†
『秦英征西』・『康煕王遊蘇州』・『王女鬧薊州』・『剪紅灯』・『夢啞吧鬧花灯』・『琵琶洞』・『馬三保征越』・『薛剛反唐』等
計80本ほど上演可能である。
これらのうち、師匠からの直伝は20~30本で、他は小説・テレビドラマ等に基づいて羅竜軍氏が近年自編したものである。こういった台本の自編は比較的容易であるという。そのような劇目に、『猪八戒背媳婦』・『楊宗保招親』・『薛仁貴招親』などがある。
しかし、いずれにせよ皮影戯は物語展開が緩やかで、ドラマや映画のスピード感に太刀打ちできないため、若者の支持は得られないという。
上演の文脈†
紅白喜事、過年・過節、廟会、還願等
上演頻度†
80年代~90年代:年100~200回
現在:年100回未満
祖師爺†
李世民
洵陽の皮影劇種†
道情:正式上演できるのは同劇団のみ。
漢調二黄:絶滅
八歩景:80過ぎの芸人が1人だけ存命。
音楽†
主要伴奏楽器は皮弦・板胡・笛子で、“三大件”と呼ばれる。笛子はD調のものを使う。幫唱を用いる。
全般に、前日調査した安康道情に近い。
過門を除いた歌唱の節回しは、秦腔に近い印象。
言語†
現地の方言を用いる。
添付ファイル: g9.jpg 723件 [詳細] g7.jpg 569件 [詳細] g8.jpg 730件 [詳細] g3.jpg 609件 [詳細] g4.jpg 504件 [詳細] g5.jpg 557件 [詳細] g6.jpg 564件 [詳細] g19.jpg 494件 [詳細] g18.jpg 574件 [詳細] g2.jpg 495件 [詳細] g17.jpg 671件 [詳細] g14.jpg 554件 [詳細] g15.jpg 505件 [詳細] g16.jpg 567件 [詳細] g11.jpg 595件 [詳細] g12.jpg 505件 [詳細] g13.jpg 533件 [詳細] g1.jpg 591件 [詳細] g10.jpg 498件 [詳細]